銀河+京阪神 2007
2007暮、翌2008年3月に廃止が決定された銀河の乗り納めに行って参りました。

銀河には、2006年夏にも乗っていますが、今回の廃止決定を受けて、20数年ぶりに復活してきた寝台列車の旅に対する自分のなかでの機運の盛り上がりもまた否応無しに下火になりそうというわけで乗れるうちに乗っておきました。

前回、発車10分ぐらい前の入線だったので、22:40ごろホームに上がってきたところ、既に入線済み!どのように入線してきたのか確認できませんでした^^;
しかし、発車20分前には入線しているのは、長距離列車らしく歓迎されるべきことですね。

最後尾は、オハネフ25の100番台。はやぶさ、富士、出雲、追ってあさかぜ、瀬戸、一時期の夜の東京駅の看板列車の最後尾を代表する顔です。30年以上続いた、下り東海道寝台列車のしんがりを勤めたこの顔もあと3ヶ月足らずで東京では見られなくなってしまいます。「東京発寝台特急に2段ハネ登場!」の華々しいデビューを鮮明に記憶する当時小学生の自分の世代にしてみると、本当に寂しい限りです。

入線から20分以上の余裕をもって、23:00に東京を発車。ここ最近再び聞く機会に恵まれるようになった客車オルゴール。いつ聞いてもよいものですね。こどももこのオルゴールを憶えました^^;。将来旅情を感じるかな?

今回も、前回と同様、上の子と二人だったので、寝台幅に余裕があるA寝台を選びました。前回は下段だったので、今回は上段…というかキップをとった時点ですでに下段は満席だったので、ノーチョイスでしたが。

プルマン式A寝台車の夜の姿です。昭和50年代の雑誌に何度となく載った光景…。30年前のB寝台利用のときには、憧れの光景でしたが、今となっては前時代的です。それでも、レールに平行のベッド方向は貴重ですね。

オロネ24の上段です。

A寝台上段の設備といえば、寝台灯と鏡、小窓、この3つぐらいですね。夏に乗ったB寝台ソロと比べても見劣りします。しかし、寝台幅だけは、余裕があります。

因みに自分達の寝台の下の段は、東京発車時にはまだ空席だったので、写真だけ撮らせてもらいました。下段の寝台がセットされた状態です。

品川を発車すると、停車駅と停車時刻の案内。横浜、大船、小田原、熱海、静岡、岐阜、米原、大津、京都、新大阪、大阪。神奈川県内は、急行の顔をしていますが、静岡県内は、公式停車駅だけみている限りは、富士ぶさより特急らしい停車駅^^;

やがて横浜に着きます。写真を撮っている人たちはいるかなぁと対向ホームの様子を伺ってみましたが、3、4人ってところでしょうか。暮れの平日、1118号機もないとあってはこんなもんでしょうね。平日この時刻に撮る人がいるだけでも廃止間近を感じますね。

横浜を過ぎると、早くも最終放送案内。明朝6時20分ごろの大津到着前の案内まで緊急時以外の放送はしないという夜行列車おなじみのフレーズ。東海道線でこれが聞ける列車はサンライズだけになる日もそう遠くはないですね。

自宅最寄り駅、東戸塚を通過。終電まであと3本を残すのみとなったホームは人もまばらです。電車が着いた瞬間だけ賑わいをみせる時刻に入ってます。長距離寝台乗車のときにだけ感じることができる「現実の中を行く非現実空間」。

やがて、戸塚を過ぎたあたりで、横浜から乗車の乗客の検札もおわり室内灯がおとされました。

大船につく頃には、こどもも寝息を立てていました。今回は、会社から帰った夜の出発で、自分も疲れ気味だったので、ごろんと横になりながらジョイント音を楽しんでいました。やがて大船停車。

大船発車後、しばらく過ぎた後、貨物線を行く何かに抜かれている音がしたので、小窓から見てみると、SRCでした。あちらは、東京タ23:14→安治川口05:26、こちらは、東京23:00→大阪07:18、完敗です。銀河が米原に着く前には、SRCは既に大阪入りをしています。SRCは東京大阪6時間ちょっとですから151系こだまも真っ青ですね。

小田原を過ぎると、トンネルの連続です。機関車、電源車の音がかすかに聞こえてきます。熱海を過ぎると、この列車のの大半の行程を占めるJR東海管轄です。丹那トンネルを通過。東海管内に入り気持ち速力が上がった気がします。心地よいジョイント音が続きます。やがて、停車。静岡にはまだ早いので、運転停車だと思い窓から外を見ると富士のようです。暫くすると貨物列車に抜かれました。これを先に通すための運転停車だったようです。今の夜の東海道の主役はコンテナ貨物。富士を発車して静岡に停車。2006年夏には、停車時間があったのですが、その後のダイヤ改正で、1分停車に変わっていたので、外には出ませんでした。

今回乗車したオロネは昨年夏と同じ、オロネ24 6でした。生粋の24系オロネに最後の2回乗れたことは嬉しいことです。今回の寝台は13上、もっともデッキ寄りの山側上段でした。乗客は、家族連れが中心で、銀河に実用で乗る必要があるというより、銀河乗ること自体が目的という我々父子のような方々ばかりのようでした。

では、開放式A寝台室内の各様子でも。
喫煙室、更衣室などが備わるところが個室寝台にはない特徴ですね。モケットの色が青基調になってしまいかつての国鉄普通車・B寝台っぽい雰囲気になってしまっているのが残念。A寝台はやはり若草色であってほしかったです。洗面台は、改装されていて自動給水になっていました。どの車輌もこうなのかと思いきや、B寝台は旧態依然とした30年前登場時そのものでしたので、この改装はA寝台の特権だったようです。








さて、静岡発車後夢の中にいましたが、岐阜着の5時より前に、ガクンと派手に発車の振動を感じたので外を見ると、名古屋の運転停車のようでした。そのままうとうとしていると、やがて岐阜到着。僅かの停車時間で再び走り始めます。ここで、眠っている子供を残し寝台から抜け出て、誰もいない喫煙席へ。煙草は吸わないので、そのままぼーっと窓の外を眺めていました。夏場なら、既に明るくなり始めている時刻ですが、12月末の5時台はまだ真っ暗でした。

しばらくすると、朝の公式2番目の停車駅、米原。かつてホームに長い洗面台があったのも今は昔です。鈍行客レで米原〜田村間をDE10に牽かれ、田村で待つEF70に出会ったときの感動は、今から29年前のことです。


米原は、6分停車だったので、ここでPFの写真を撮っておくことにしました。乗客や駅で待つ人が撮影に出て、ごった返していたら…は完全に杞憂で、自分以外誰も撮ってませんでした^^;。EF65 1114。東京では自分達がホームに着いたときには、既に編成の先頭に連結されていたため、やっとここで初めて顔を見ることができました。

米原を発車後、しばらくして6時になったので、子供を起こし、まだ誰もいない喫煙席で、前の晩に買っておいたおにぎりとパンで朝ごはん。真っ暗ですが、早朝の車窓を眺めながらの朝ごはんは、だんだんその機会を得るのも難しくなりそうです。ここは共有空間ですので、食事が済んだら寝台へと戻ります。やがて、客車オルゴールとともに、大津到着前の放送。朝の放送の開始です。大津を過ぎると京都。まだ暗いですが、人の動きが見られ始めます。

オロネ24、開放新型A寝台の特徴「寝台昇降用スイッチ」です。銀河では、使われることはなかったスイッチ。日本海では使っているのでしょうか?かつての、はやぶさ・富士では、上り下りとも当然のように使われていました。上段が畳まれるところを是非見てみたいものですね。

新大阪を前にしてやっと明るくなってきました。ロネ上段の小窓からの風景。もうこの窓から外を眺めることもないでしょう…。
新大阪を過ぎると、終着大阪。雨の大阪でした。8時間18分の旅はあっという間に終わってしまいました。これで、銀河に乗るのも最後。寝台銀河の乗車は、ナハネ20(1976)・ナロネ21(1980)・オロネ24(2006)・オロネ24(2007)。30年で合計4回でした。もっと、もっと乗っておけばよかった…。けちって51/52号を愛用していた頃を今にして思えば後悔です。

大阪駅進入時、遅れていた「なは・あかつき」がまだ大阪駅構内に停車していることを発見。また「銀河」の向かいには、「日本海」がまだ停車中。つまり「日本海」「なは・あかつき」「銀河」の3本の寝台列車が、大阪駅の構内に同時に停車していたことになります。この寝台列車受難の時代に嘘のような出来事です。「銀河」到着後すぐに「日本海」は宮原へ引き上げていきました。ローズピンクの81を撮ることは叶いませんでした。


ホームに降りて、ここまで牽引してきてくれた1114号機を撮影。降りてきた乗客達で、かなりごった返してました。記念撮影をする親子は、普段は微笑ましいのですがあの場では勇気が要ります。自分はあのPFの脇にこどもを立たせる勇気はありませんでした^^;

撮影後、Blogにコメントを下さる方がホームにわざわざ雨の早朝いらして下さっていて、初めてお目にかかることができました。お仕事前ということで、僅かな時間のご挨拶だけでしたが、ネットで知り合った方々と、実際お会いできるのは嬉しいですね!

さて、宮原へ引き上げていく銀河を見送った後、とりあえず京都に向かいました。今回も京阪神ゾーンを使った周遊きっぷを組んだので、ゾーン内特急の自由席は乗り放題です。

せっかくなので、京阪間はサンダーバードで行くことにしました。前回は、国鉄型を選んで乗っていたので、サンダーバードは今回初めて乗ります。偏屈な懐古趣味を全面に押し出さず、乗って素直にどちらが良いかといえば…新しい方が良いです^^;。
乗車は僅か30分程度でしたが、大阪出発後すぐに回ってきてくれたワゴンサービスで、今日はまだ飲んでいなかった朝のコーヒーを求め、雨の冬の朝に特急の室内で熱いコーヒーという至福のときを過ごします。

京都に着いても、雨は降り続けていました。京都に来た目的は、梅小路蒸気機関車館。今月はスチーム号にC622が入っているのでそれが最大の目当てです。9時開館と思い、8時半過ぎに駅で京都市営バスの205系統に乗って、梅小路公園バス停で降りました。ちょっと早いけど待っていればすぐ開く…と思っていたのが、勘違いで、開館は9時30分-_-;。
40分近く待たなければならないことになってしまいました。公園なので、雨が降っていなければ、のんびりベンチにでも腰掛けていれば良いのですが、なにぶん雨、雨、雨。幸い蒸気機関車館のゲート近くの山陰線のガード下で雨宿りはできたし、雨のためそれほど冷え込みはきつくなかったので、なんとかしのげました。
中の様子は一切伺うことはできませんが、C622のものと思われる汽笛が時折ボッ!と鳴って気になって気になって仕方ありませんでした^^;

9時半の開門と同時に入場。入場券をあたふた買って、何はともあれスチーム号にC622が入っていることを確認しにいきました。

生まれてはじめて見る火の入ったC62です。感動。現役世代ではないのですが、小学生のころからC62が好きで、Nゲージで、「つばめ」や「はつかり」を仕立ててみたり、C622の下敷き(^^;)を使っていたりとしていました。最近では、ニセコのドキュメンタリーDVDを買って、親子で楽しんでいました。あの、DVDに登場する2号機そのものが、目の前に火が入って存在する…。子供も雨の中、その存在感に圧倒されていたようです。
とにかく火が入っていてくれてよかった〜。


こちらは静態保存のC621です。梅小路入りは確か、ずっと後年のことですね。

年の瀬を迎えた、雨のラウンドハウスは、訪れる入場者も少なくひっそりと静まり返っていました。






時折、家族連れが写真を撮っていたりと、ゆっくりと穏やかな時間が流れていました。
朝、同じく時間を間違えて待ちぼうけを食らっていた方が館内で声を掛けてくださいました。聞けば仙台からいらしたとのこと。お子さんも、もう大きいらしく、付いてきてくれないそうで、「お子さんが付いてきてくれるうちが、良いですよ。」と羨ましがられてしましました^^;。でもそうかもしれませんね。

さて11時前になり、いよいよスチーム号の運転です。

運転に備え、給炭がされ煙が上がってきます。今回は、是非撮りたかったので、乗るのはお預けにしました。

力強い汽笛ともに発車。客車を推進していきます。凄い迫力ですが、蒸気が顔に被っていく…。

バックだからこうなるのだろうと、戻ってくるときに期待。と思いつつ風も微妙に向かい風だったのでちょっと心配しながら、雨の中1kmの運転区間を戻ってくるのを待ちます。
向こうの終点で、出発する汽笛が聞こえ、いよいよ戻ってきます。果たして顔が見えるか…

来ました!綺麗に顔が見えます!蒸気も盛大に出してくれています。

ゆっくりゆっくり近づいてきます。ヘッドマークがなければ…。って、鉄ヲタのためだけに走らせてくれている訳ではないので、仕方ないですね^^;でもそんなことを忘れさせてくれる迫力と感動です。



気分は、小樽−長万部、倶知安停車か銀山通過か…って行ったことないんですけど^^;

僅か10分足らずのドラマでしたが、いやぁ感動しました。小学生のころから憧れていた実走するシロクニの姿が見れたことは、言葉でも写真でも伝え切れません。
シロクニが運転されているときにまた是非訪れたいです。

雨はずっと降り続いていて、屋外での撮影で体力も消耗気味。後ろ髪引かれる思いで梅小路を後にして、京都駅に向かいました。京都駅で昼食。(こどものリクエストで、駅にあった回転寿司へ。しかし、ここ侮れません。フグ、クエ、ソイ、カワハギ…およそ回転寿司のネタとは思えないものが回ってきて誘惑してきます^^;)

さて京阪神ゾーン券を片手に、気の向くまま、足の向くままの旅ですが、雨が降っているので、列車に乗っているのが楽と考え、奈良に向かってみることにしました(こどもが幼児教室で県名と県庁所在地というのをやっているので、大阪・京都・奈良・神戸の駅標で写真を撮ってやろうかと…)。

久々に奈良線に乗ります。どのくらい久々かというと、前回乗ったときは、キハ35だったと思います。電化されてから乗るのは初めてです^^;極端すぎ?
103系はきついなぁと思っていたら、みやこ路快速なるものが次の発車です。これはクロスシート?と期待したら、流石、関西圏、転換クロスシート車でした。

40分ほど揺られて、奈良に到着。ちょっと駅の外に出てみました。相変わらずの雨。旧駅舎が使われていないことだけ確認して、大仏様にも鹿にも会わずに今度は関西線の大和路快速に乗って大阪に向かいました。前回関西線快速に乗ったときは、ブルーライナーの水色部分が赤(春日大社の鳥居色?)になった装いの113系でしたが今回はみやこ路快速と同じ、車輌(元新快速?)。

天王寺から環状線に入り朝「銀河」で着いた大阪に戻ってきました。ここから新大阪まで行って新幹線を見に行きました。新幹線の写真は、自分の鉄全盛期も含めほとんど撮ったことがないので、貴重な機会です。

先ずは300系。「のぞみ」にはほんど使われなくなった「のぞみ」型。この何々型というのも、「こだま」型、「東海」型、「日光」型、「月光」型等々電車特急/急行時代の幕開けのころ使われてましたが、「のぞみ」型は久々の復活でしたね。なかなか味わいのある言い方だとは思いますが、今では公然と一般向けにも「N700系」などと呼んでしまってますので、この情緒ある何々型はもう使われないでしょうね。

次の入線は、N700系でした。今に珍しくなくなるんでしょうが、現時点ではまだ「ラッキー!」といった感じです。

長い鼻ですね。正面がちと斜めからとで、印象がだいぶことなる造形です。ライトの位置といい下膨れ感のあった700系より、このN700系の方が個人的には好ましいと思います。

そして、今や東海道山陽新幹線を代表する形式となった700系。前述したように、個人的にはこの顔、あまり好きではないのですが、既に歴史に残る傑作形式の仲間入りをしているといって良いでしょうね。

次は、西日本ならではのひかりレールスター。新大阪以西でないと見られないので、こういうのを見ると旅行に来たという実感が湧きます。

そして、何故、新幹線ホームなどに入ってきたのかというと、これに乗るため!
3月に廃止が予定されている0系です。(訂正:0系廃止は2008年秋のようですね)母の実家が高槻にあったため、夏の帰省のときには毎年乗っていました。物心つく前からから乗っていたため、小学生になるころには、ありがたみも憧れもなかった新幹線。この新幹線での大阪行きに退屈を憶えるようになって、ひとりで行動できるようになってからは「銀河」や「ドリーム号」、347M(→345M)を利用するようになっていきました。
そんな自分にとっての当たり前の存在だった新幹線はもちろん0系、いや000系と呼んでました。。約20年、窓の大きさを除いてほとんど形態を変えることなく増備されてきた0系の造形、ディテールには、今じっくり眺めてみると昭和30年代に描かれた未来が表現されているような気がします。
小中学生のときに邪険に扱ってしまった0系にお詫びと敬意を示すために(?^^;)最後の0系乗車をすることにしました。

京阪神ゾーン券では乗車できないので、新大阪−新神戸間の特急券・乗車券を求めました。


0系をバックに子供の記念写真(?)を撮っていたら、列車から乗務を終えて降りてきた若い車掌さんが、「これかぶって撮ってもいな」と、こどもに制帽をかぶせてくれました。その上、「これ下敷きにどうぞ」と、N700系のグリーン車に常備される案内をくださいました。そして、「ご一緒に撮りましょうか?AFになってます?あとは、だいたいわかります。」と、D200で親子を撮っていただいてしまいました^^;バカ面して、写っているバカ親です^^;「だいたいわかります」とおっしゃっていただけに、バランスよく綺麗に0系を入れてくださいました。

最後の0系乗車で、良い思い出ができました。あの若い車掌さんには、感謝、感謝です。新幹線を、鉄道を、本当に愛しているのだなぁと感じました。

ライトが前照灯にかわり、いよいよ出発です。

シートは、2+2に豪華に改装されていますが、天井の雰囲気は2+3のときからかわりませんね。
このまま博多まで乗って行きたいところでしたが、トンネルとトンネルに挟まれた新神戸で下車。出発後、トンネルに入って行く0系をテールライトの灯りが見えなくなるまで見送りました。これで0系を見るのもおそらく最後だったでしょう。

新神戸から市営地下鉄で三宮に向かい、そこから神戸に行こうと思ったのですが、大阪行きの「はまかぜ」がすぐに来ることがわかり予定変更、キハ181に乗ることにしました。駅票記念撮影は新神戸で代用です^^;

この時期の終着間近の上り「はまかぜ」はがらがらでした。先頭からキハ181+キハ181と連続していたので、キハ181の前1/3を占める機械室の室内通路側を見に行きました。

2輌目に連結されたキハ181の客室側から前方向を望みます。向こうに見える座席は、先頭車輌のものです。


こちらは、前頭部まら客室部を望んだもの。上は、特急マークを入れてみました。間近で見ると結構大きい…。

運転台の様子。結構カッコイイですね。
キハ181は、大好きな車輌ですが、この先いつまで使われるのでしょうね。「はまかぜ」も、せっかくそこそこの輌数を連結しているので、国鉄色に戻してもらうと結構見栄えがすると思うのですが…。

DML30HSC(E)の迫力ある12気筒30Lのエンジン音を楽しんでいると20分余りであっという間に大阪です。

キハ181は、やはりカッコイイです。できるだけ長い間現役でいてもらいたい車輌です。

ミニトリップもいよいよ終盤です。帰りの新幹線は京都からなので、大阪から京都へ向かいます。新快速でもよいのですが、夕方のラッシュ時に重なっていたので、せかっくだし特急で行くことにしました。

再び、サンダーバード。ゾーン券を有効に使ってます^^;
このサンダーバード、京都を過ぎると次は、福井まで止まらない列車だったので、降り遅れたら大変なことに…当然降り遅れませんでしたが…(わざと降り遅れたらそれはそれで楽しいことになったかも^^;)


京都では、サンダーバードの後を追ってきた「日本海」を撮影。一往復が3月に廃止されますね。

最後に、新幹線改札に向かい、お土産とお弁当を買って、500系を待ちます。京都の新幹線待ちのコンコースは、観光駅らしく楽しげで良いです。

京都に進入してくる500系。この特殊性がいつ見てもも良いですね。塗色も好き勝手だし^^;
3月で半数ほどが、山陽専用に8輌単位に分割されるらしいので、東海道への乗り入れが激減しそうです。500系の東海道への乗り入れがなくなる日もそう遠くはないでしょうね。N700の登場で、500系そのものの使命も終わってしまった感もあります。

自宅を出てから帰ってくるまで、25時間という慌しい旅で、しかも雨の旅でしたが、今回見た車輌、乗った車輌は、それぞれ魅力的ものばかりで、かなり濃い鉄道旅行でした。C622と0系とN700を同じ日に見れることなど、今後もうあり得ないでしょうから。

そして、今回で「銀河」に乗れたのも最後だと思うと寂しいものがあります。新幹線で2時間余りで帰ってこれる距離だからこそ、気軽に夜行列車の旅が楽しめる列車だったのですが…。趣味で走らせているわけではないので、実用面での利用価値がなければ仕方のないことですね。同時にEF65牽引定期列車に乗れたのもこれが最後だったでしょう。前回「まるで列車全体に末期国鉄が動態保存されているかのよう」と評しましたが、これでまたひとつ国鉄が遠くなっていきます。